住宅ローン滞納

住宅ローンが支払えない状態になった


毎月の住宅ローンの返済日は自動引き落としにしています。たまに、住宅ローンの返済日が遅れる日はあったものの、なんとか返済を継続していました。

スポンサーリンク

しかし、うつ病になってしまい、正社員を休職してしまうようになってから、住宅ローンが支払えない状態になるカウントダウンが始まっていたのでした。

住宅ローンが支払えなくなって、1ヶ月~5ヶ月くらいの間の体験談

住宅ローンが支払えなくなって1ヶ月目くらいは、催促の電話が1週間に2~3回くらいの着信がありました。郵便では、葉書で

 

銀行口座から引き落としができなくなった

 

通知が届いていました。

 

2ヶ月目に入ってから、催促の電話は1週間に2~3回くらいの着信がきていました。郵便でも、葉書から封筒に変わりました。内容は、

 

滞納してから1ヶ月以上が経過しているため、下記の金額を至急お支払ください

 

と言う感じの内容でした。

 

3ヶ月目に入ってから、催促の電話のペースは、クレジットカード会社みたいに毎日とかではなく、は1週間に2~3回くらいの着信でした。ある日、見知らぬ携帯電話番号から着信が入っていたので折り返すと住宅ローンを借り入れしている銀行からの着信でした。

 

詳しい内容は、上記の記事に書きました。銀行の担当者の方と話をすると、

 

返済できない状態が続くと持ち家が自己物件扱いになる

 

ことを言われました。そして、また電話しますと言うことで、1回目の電話は、様子うかがいをされているような感じの対応でした。

 

4ヵ月目に入ってから、今までと同様、催促の電話のペースは、1週間に数回でした。その間、クレジットカード会社は、毎日、電話が掛かってきて1日に3回~4回くらいかかってきていました。郵便は大きな封筒になっていて、

 

至急、滞納している金額を返済いただけない場合は、保証会社から一括請求されるようになって、それでも返済できないと競売手続きに入ります

 

と言う流れの内容が届きました。

 

前回、話した銀行の担当者に電話すると、

 

これ以上、銀行側は待つこともできないので、保証会社から一括請求されるようになります。そして、競売手続きに入ります。

 

と、今後も返済できない状況が続いた後の事を言われました。

 

5ヵ月目に入ってから、住宅ローンを借り入れしている銀行からは、担当者と電話で話した日を最後に催促の電話はこなくなり、郵便物も来なくなりました。おそらく、数ヶ月後に、保証会社から一括請求されることの電話か郵便が来るものと思われます。

 

債務整理すると、弁護士が代理で対応してくれるようになるので、催促の電話が自分に来なくなったり、催促の郵便物が来なくなるようになるのですが、債務整理ができませんでした。

住宅ローンが支払えなくなるようになるまで

債務整理が出来ないのは、家族の反対でした。住宅ローンの借り入れ名義は、僕なので、債務整理を依頼して、結果的に自己破産することになったら、持ち家から出ていかないといけなくなります。持ち家が気に入っている母親は、どうしても

 

出ていきたくない

 

と、駄々をこねて債務整理を猛反対され続けられました。僕は、住宅ローンが滞納するようになる数年前から、経済的に支払困難な状況になっていて借り入れ返済がとてつもなく負担だったので、知り合いの紹介で弁護士に相談をしたことがありました。弁護士からは、

 

自己破産した方がいい

 

を提案されていました。数年前から母親に債務整理をしてやり直したいことを伝え続けてきましたが、住宅ローンが滞納してしまい、保証会社から一括請求を迫られて、競売手続きに入るようになる瀬戸際まで、母親は徹底的に反対することを粘ってきました。

 

弁護士に相談を始めた時は、正社員でした。正社員の時に債務整理をしていたら、持ち家を手放さない手段として定期収入がある人向けの個人再生を弁護士から提案されていたのです。しかし、だんだん、働いている間に、生きる気力を失っていき、うつ病になってしまい、正社員を退職するようになってしまいました。その後、無収入になってしまい、住宅ローンの返済ができなくなって滞納するようになりました。

住宅ローン、クレジットカード、カードローンの催促を振り返ってみて

住宅ローン以外にも、クレジットカードの借り入れ返済もできなくなりました。また、銀行カードローンの返済もできなくなりました。催促の電話や郵便の通知は、住宅ローンを借り入れしている銀行より、クレジットカード会社から催促される回数は、圧倒的に多かったです。

 

借り入れ返済を迫られるプレッシャーは、銀行よりクレジットカード会社の方が圧力が強かったです。銀行の方が落ち着いた対応だった印象でした。

 

ただ、保証会社から一括請求するようになる手続きを始めるのは、クレジットカード会社より銀行の方が早かったです。住宅ローンが支払えない日が来ることは予想していたものの、実際に支払えない状態が続くと、精神的に普通に生きることが非常に困難になります。

スポンサーリンク

住宅ローンが支払えなくなってからの毎日の心身の状態

悪夢をよく見るようになったり、毎日、電話の着信履歴を見る事、郵便ポストを確認することにおびえるようになりました。いつ、どうなってしまうのか、これから、どのような事が起こってしまうのか、体験したことのない保証会社からの一括請求されてしまうこと。そして、体験したことのない競売手続きをされてしまうこと。自分だけでしたらいいのですが、高齢の母親に息子が債務整理で破産してしまい、住んでいる持ち家が競売に遭ってしまうことを味あわせてしまうことが不憫でなりません。

 

母親への感情は様々あります。毒親だったからひどい目にあってきたと、言い続けたい側面もあります。毒親と言いたいこととは逆に、生みの親だから、無為にできない、親孝行したい想いもあります。住宅ローンを滞納して支払えなくなってからは、ますます混乱してしまい、心身ともに、毎日、朝起きた瞬間から疲れ果てていて、

 

(早く死んでしまいたい・・・)

 

と言う感情と死んでしまってはいけないと言う感情がぶつかり合っている感覚です。

 

朝、昼、夜の食事をする気力がなく、お風呂に入る気力がなく、テレビを見る気力がなく、ゲームを楽しむ気力がなく、普通に生きること自体が苦しい毎日を送るようになりました。誰とも会話しないで一日が終わるのが当たり前の日を過ごし続けるようになりました。

 

たまに、相談員から電話がかかってきて、最寄りの孤独に過ごしている人たちの集まりや相談コーナーに行くことがあります。しかし、周りの人と会話することができなくなってしまって、いつも相談員から声を掛けられることを待つだけの時間を過ごすだけとなって、社会的なつながりを持つことが困難になってきました。今までの体験談を文章として書いて、ブログを通じて発信することをしている時間だけが、唯一の社会的なつながりを持っている時間になっているかも知れません。

もし、持ち家ではなく、賃貸物件だったら、どのように過ごせていたか

毎日、頭痛に襲われて、左上半身、下半身がマヒしているような感覚で、物を持ったり、歩いたりが困難になることもあります。朝、起きたら、左胸が苦しくて、目が覚めても、しばらく起き上がれない状態が続きます。朝食や夕食を食べた後は、左胸あたりの血流がすごく回っている感覚を感じて、それがしんどくなって、寝込みたくても、寝込めない食べた後に苦しい状態になるので、食事を摂ることが、だんだん億劫になってきました。

 

(死んでしまったら、もう仕方ないか・・・)

 

と言うような感じで、生きる事をあきらめてしまったような、未来に失望してしまうようになりました。住宅ローンを借り入れして持ち家に住むようになってから、失意の人生が始まったように感じました。母親は持ち家派ですが、僕は賃貸派です。賃貸だと住む場所を固定せず自由に変えることができますし、職場が変わるごとに、住む場所を職場の近くにすることもできます。

 

母親は、僕と住むことが当たり前の感覚で、僕が生活費全般を支払うことが当たり前の感覚を持っています。学生を卒業してから、母親名義だった持ち家の住宅ローンを強制的に支払させられるようになってから、借金、借り入れと言う存在が非常に居心地が悪く、とても嫌になったことを覚えています。母親名義の持ち家を売却してから賃貸マンションに住むようになって、売却したお金で住宅ローンが完済できたので、開放された気持ちでいっぱいでした。

 

しかし、賃貸マンションに住むことが嫌だと言いだして、不動産会社に持ち家の紹介を受けるようになって、ついに、母親が気に入った持ち家が出てきてしまったのでした。母親が住みたい持ち家なのに、住宅ローンの名義が僕になってしまい、住宅ローンの借り入れ返済、管理費、固定資産税と、賃貸マンションの時と違って、支払金額が非常に多くなって、毎月の支払がとても負担でした。

 

持ち家によって、住み替えができない自由を奪われて、住宅ローンの借り入れ返済を35年間も支払続けないといけない契約をさせられて、人生の自由を強制的に奪われて不自由な生き方を強制されたような感じでした。

住宅ローンを支払えなくなった持ち家で過ごしていた日々の不満と葛藤と

母親は、住宅ローンの支払、管理費の支払固定資産税の支払を息子に押し付けて、息子を踏み台にして、母親は快適な持ち家を手に入れたのです。持ち家の名義は僕ですが、持ち家の主人は母親みたいな感じになりました。自室の共有スペース以外も、母親の物に占領されています。リビングも母親の僕物だらけです。僕が、自分の物は片づけてほしいと、何度も言い続けてきましたが、母親は、

 

しんどいから片づけれない

 

と言って、自分のワガママを押し付けてきました。自宅に帰ることがとても辛くなって、自宅前の公園で1時間くらい時間をなんとなく過ごしながら、帰宅するようになってきました。

 

アダルトチルドレン、親子共依存、毒親と言う母親による影響で人生がおかしくなったことを知ったのは、うつ病になって正社員を退職してしまうようになってからでした。家族の問題は、家族で解決することが当たり前だと思いますが、家族の問題は家族で解決することができず、未解決で終わってしまう状態だったので、知り合いに相談するようになってきました。

 

知り合いに相談を続けてきて、弁護士の相談を利用するようになったり、債務整理の方向で動くようにはなりました。しかし、母親の反対があって、物事がなかなか進まない状況が続いています。母親の呪縛から解放される日はいつになるか分かりませんし、永遠に呪縛から解放されない人生のまま終わってしまいそうで、心身共に暗い日々は、まだまだ続きそうです。

スポンサーリンク

関連情報

コメントを書く

ニックネーム可です 

URL (空白可です)

コメントを入力してください。

人気の投稿
カテゴリー
運営者

僕は、借金の体験談を書いている、大福天喜と申します。

借金総額 約1,400万円

滞納内訳
住宅ローン借り入れ残高 約700万円
銀行カードローン借り入れ残高 約300万円
クレジットカード借り入れ残高 約300万円
管理費等滞納 約50万円
税金滞納額 約90万円(分納)

運営者情報の詳細