自己破産

自己破産の手続き後に20年以上振りに貯金が出来るようになっていた


弁護士に収入を得る手段として生活保護を提案されて、生活保護を受けるようになりました。

スポンサーリンク

そして、生活保護費が支給されるようになりましたが、全額使う月はありません。むしろ、足りないわけではなく、余っています。

 

貯金が出来ているのです。数千円ですが・・・。

 

借金があったころは、貯金なんてものは、存在しませんでした。皮肉にも、生活保護を受けて、自己破産の手続きをすることで、債権者からの催促が止まり、貯金ができるようになったのです。

 

 

同居している母親の代わりに借金を支払い、生活費を支払う社会人時代

学生を卒業してから、社会人になって、すぐに同居している母親から親名義である住宅ローンの支払を強制されて以来、貯金どころか、親の借金を強制的に支払わさせると言う事態に直面しました。

 

 

その後、正社員を続けていく過程で、引っ越しして持ち家を僕名義で住宅ローンを借り入れて購入しました。しかし、半年後に正社員を退職しました。

 

正社員を退職してから、無職、派遣社員、アルバイトを繰り返すようになりました。

 

正社員時代の1/5くらいに年収が落ち込んでしまい、住宅ローンの支払が一気に苦しくなりました。同居している母親は支払の援助はなく、住宅ローン以外に、ガス代、電気代、通信費、食費など、すべての費用を僕が支払ってきました。

うつ病、失業、無職

数年後に、正社員採用されましたが、その時には、すでにストレスまみれだったのでしょう・・・。産業医からストレス濃度が高いことを指摘されて、精神内科を受診するように指導されました。

 

精神内科に通院するようになり、うつ病と診断されてから会社を休職しました。休職したものの、うつ病はひどくなる一方でした。

 

 

数ヶ月後、会社と話合い今までのように働けないと判断されて、会社を退職することになりました。会社からは、傷病手当金の支給手続きをするように言われて、受け続けてきました。しかし、支給期限が過ぎてからは完全に無職になりました。

 

無職になってからは、銀行カードローンで、借金の返済や生活費を支払うようになりました。どうしようもなくなり、弁護士に相談すると、うつ病で、働くことができないなら、収入を確保する手段として生活保護を申請するようにアドバイスされました。

 

 

お金がわずか数千円ずつだが、一応、プラスになっている。貯金できているようだ

貯金は、毎月、口座にプラスになっています。

 

っと、言ってもギリギリです。数千円くらいのプラスです。

 

しかし、食べたいもの、行きたいところ、欲しい物は、何もありません・・・。

スポンサーリンク

 

ただ、人間として息をして生きているだけみたいな感覚です。うつ病になって、発達障害になり、すっかり生きる気力を失っています。

 

今まで、同居していた母親にお金も自由も縛られ過ぎて、自分と言う存在が死んでいました。自分と言う存在が死んだままなのかも知れません。

 

貯金はありますが、家賃、食費、電気代、ガス代、電話料金、交通費、日用品代、被服代、本代以外は、ほとんど使っていない状態です。

 

食費は、外食はしていないですが、スーパーマーケットやコンビニで惣菜を買うことが多いので、食費が多いかも知れません。

 

以前は、自炊していましたが、だんだん自炊する気力がなくなってしまいました・・・。

 

うつ病の薬を、朝、昼、夕に飲んで、痛み止めの薬を飲んで、毎日を生きています。

 

少しだけ貯金は出来ていますが、どうなんでしょう・・・?

 

喜ぶべきなのでしょうか・・・。僕は、借金ばかりの人生だったので、お金がプラスになることの喜びが死んでいるのかも知れません・・・。

父親不在は、母親と僕への負担は想像を絶していたと振り返る

借金を返済するために、正社員、派遣社員、アルバイト、時には副業をして、必死に給料をいただいて借金を返済してきました。

 

しかし、借金を返済できなくなり、滞納してしまい、自己破産するようになって、持ち家を競売にしてしまうようになりました。

 

今まで、母親を毒親と思い込んできましたが、なんだかんだいっても、両親が離婚してから、女手一つで育ててくれた唯一の肉親の母親です。

 

毒親と言うのは、僕の筋違いであり、同居している母親は持ち家が気に入っていたので、親不孝なことをしてしまった息子だったと感じてしまいます。

 

父親一人いないだけで、母親も僕も人生に大きな負担を強いられました。

僕の夢

父親は今頃もそうですが、浮気相手と結婚して、人生を謳歌しているかも知れません。ただ、生きているか、死んでいるか、わからないので、何とも言えませんが、父親には死ぬ前にもう一度、会って会話したいです。

 

 

父親と会話しているだけで、まるで、鏡と話しているような不思議な感覚になってしまうのです。父親とは性格や体系、顔だちも似ているので、同調してしまう部分がたくさんあることを小学生時代から感じていました。

 

もう一度、あの時の、同調した感覚を味わいたいです。そして、父親はもう戻ってこないんだと言うことを、心の底から認めて心を解放してあげたいです。

 

今の僕の夢は、父親と会って会話して同調したいことなのかも知れません。

スポンサーリンク

関連情報

コメントは4件です

  1. まろん より:

    貯金できるなんて羨ましい限りです。私はやっと、債務整理した借金の返済が先月終わりました。でも、車を買い買えたのでその支払いが始まりましたけど…私も今月からは少しでも貯金できたら良いなと思います。

    お母様の事は、大福さん自身、あまりご自分を責めない方が良いですよ。仕方のない事では片付けられないかも知れません。でも、今のこの状況になった事は、大福さんにとっても、お母様にとっても、お互いの存在、お互いの大切さを見直す為に与えられた試練なのかも知れませんよ。
    大福さんのお母様も女手ひとつで頑張って来た方なんだと思います。それに気づく事ができた事も大きな収穫になったのではないでしょうか?お母様にもいつか大福さんの気持ちを理解してもらえる日が来ると思います。

    お父様にも会えるといいですね。会ってお話しできたらきっと心が軽くなれると思います。

    • 大福 天喜 より:

      確かに貯金があったら、何かあった時の事を考えると、心配事が減りますね。貯金って僕の中で、今までできたことがあるのは、学生時代以来なので、お金が貯まっていることが、懐かしく感じたり、やっと、お金があるって、感じになりました。
      勤務していた頃は、毎月、銀行カードローンでお金を借りないと生活できないと言う悪循環を繰り返していましたから・・・。

      母親が育ててくれたから、今の僕が存在していることは、心の中で感謝しつつも、それが、お互いに言葉に出来ないから、伝わらない、伝えられないのが、もどかしいです。いつか、言える日が来るのかな・・・、来たらいいなって感じます。

      父親はインターネットで検索すると、何市に住んでいるって出てくるんですよ・・・。
      ネットに趣味のことを応募とかしているみたいで・・・。

      ただ、具体的な住まいはわからないので、今後、情報がどこまで開示されるかによって、会える日が来るかも知れません。

      • まろん より:

        そうですねぇ…前の記事じゃないですけど、本当に身近な人、居て当たり前の存在の人に対して、ありがとうとか、感謝の気持ち、謝罪の言葉ってなかなか伝えられませんね。

        でも、いつかお母様にありがとうと感謝の気持ちを言える日が来ますよ。大丈夫!

        私の最近他界した友人はあまりお母さんと仲が良くなくて、話を聞いてるとどっちもどっちなんですが、お母さんは友人の弟にばかり愛情をかけていた感じだったんですね。
        忘れられないのが、友人はお母さんとの距離を縮めたくて、お母さんの誕生日に手作りのケーキを私と作ってプレゼントしたのですが、見事にお母さんにいらない。と言われて友人は凄くショックを受けていました。人生初のお母さんへのプレゼントだっただけに余計にね。

        私もずいぶん冷たい人だなぁと友人のお母さんに対して思いましたが、友人が他界したときは泣きながら私の職場にお母さんから電話がありました。なんだかんだ言ってもお母さんにとっては友人も大切な子供だったんだろうな…と思いました。ただ当たり前の言葉が言えなくてすれ違ってしまったんでしょうね。
        そんな話もあるよって感じで、無理に言葉や物で感謝の気持ちを伝えなくても、お母様にはきちんと大福さんの気持ちは伝わりますよ。今、お母様も一人暮らしされているなら、逆に大福さんに対するありがたみも感じているのではないでしょうか?
        人間、当たり前の事って失って初めて気づく事が多いですもの。

        お父様のだいたいの住んでいる所は分かるんですね?何かきっかけがあって会えれば良いですね。縁があれば必ず会えると思います。そういう日が1日も早く訪れる事を願っています。

        • 大福 天喜 より:

          他界されたお母様とお友達とのこと、そういうことがあったんですね。自分の気持ちをなかなか伝えられない不器用なところ、うちの家族とよく似ているように感じました。今は、母親、僕と、お互いに一人暮らしを体験して、朝、昼、夕のご飯が当たり前のように出てきていたこと、洗濯、掃除と、父親が不在の中、働きながら、大変だったと今さらながら気づきが出てきたりします。母親は、どういった気づきがあったかは、聞いていませんし、わかりませんが、きっと、お互いに不便していることがあることは、間違いなさそうです。

          父親は、隣の市内なんですよね^^;

          だから、奇跡的に、偶然に会えるかも知れませんし、このまま生涯を終えるかも知れません。

          こればかりは、運命的な出会いを祈るだけしかできないかも知れません。

コメントを書く

ニックネーム可です 

URL (空白可です)

コメントを入力してください。