本を読んで気づいたこと

堀江貴文「常識」の99%はウソである疑う力の学歴、結婚を読んでみた


堀江貴文さんの本は図書館では予約が殺到していて人気状態です。10人以上待ちがザラです。しかし、本屋さんに行くと、いっぱい並んでいます。

スポンサーリンク

今回の本「常識」の99%はウソである疑う力は、1300円+税でした。1300円くらいも投資するのがもったいないと思っている方多いのでしょうか。

 

もしくは、堀江貴文さんの本に投資する価値はないけど、気になるから読んでみてやると言うアンチのような方なのか・・・。いろいろな考えの方々堀江貴文さんの本を手にするのだろうなって、どうでもいいような想像をしてしまいました。

 

本の中身を見て、ウソ、ウソ、ウソ、ウソ、ウソ、ウソ、ウソ、ウソ、の連発を読んで、自分の中で常識だと固まっている考え方を破壊するには、ちょうどいい本だと感じて本屋さんで買いました。

 

いろんなウソについての議題がありますが、今回は、僕自身が感想を書きやすい3つのテーマに絞って読んでみた感想などを書きます。。

学歴は大事だと思い込んでいた

「学歴は大事」はウソ

 

大学はオワコン化する。学費を払うくらいならそのカネで企業しろ

 

さっさと東大中退し、起業して本当によかった

 

高校3年生の夏、河合塾や駿台予備校の東大模試を受けたら、E判定やF判定が出た。普通の受験生なら「東大なんて絶対受からない」と志望校を変更するかもしれない。しかし、僕は「東大なんて楽勝だ。半年あれば充分合格できる」と確信していた。大学の受験勉強なんて、ほとんどが「丸暗記した記憶を正確に再現する」という単純作業にすぎないからだ。
事実、僕は半年の準備期間だけで東大に現役合格した。しかし、いざ大学に入ってみると、東大のコストパフォーマンスの悪さに愕然とした。大学の授業をみんなで揃って受けている暇があったら、さっさと起業して仕事を始めたほうがいいと気づいたのだ。
授業にはほとんど出ず麻雀に明け暮れ、オン・ザ・エッヂ(ライフドアの前身)を仲間と立ち上げて東大は中退した。Windows95のリリース直後だった当時、オン・ザ・エッヂはブルー・オーシャンでやりたい放題に仕事ができた。東大に居残って二の足を踏んでいたら、ほかの起業家に業界を荒らされてレッド・オーシャンになっていたところだった。

 

中略

 

小学生時代から重たいランドセルを背負わせ、中高生にもなればお揃いの学生服を着せる。そんな軍隊式の画一化教育からドロップアウトする子どもが一定数いても、なんの不思議もない。むしろ、不登校や引きこもりの彼らこそ正常だといえるかもしれない。そういう生き方は肯定されるべきだと思う。

 

中略

 

大学教育の大部分はオワコン化しているが、一部の大学には「産業連携」、つまり民間企業として連携してイノベーションに挑戦する起業家もいたりする。大学で、イノベーティブな研究者と新しいことに取り組むのもいいだろう。受験はテクニック、と割り切って大学に入学し、落合陽一氏のような面白い先生のゼミにピンポイントで入ってみるのも一つの手だ。
ともかく「大学卒業が社会人としての最低条件」という偏見は、今すぐ捨てるべきだ。

 

引用元:堀江 貴文. 疑う力. 「常識」の99%はウソである. 宝島社, 2019, 222P

 

両親が離婚する前から、両親から、小学校→中学校→高校→大学→社会人になるんだよ。みたいなことを刷り込まれてきました。両親は高校卒業で大学は通学していません。

 

子どもに大学へ行く夢を託したかったから、刷り込んでいたのかも知れません。しかし、僕が小学生の時に両親が離婚してからは、大学→社会人の洗脳は刷り込まれなくなりました。

 

父親が浮気相手と再婚するために、離婚してしまって、母親が女手一つで僕を育てる状態になってしまって生活の余裕がなくなってしまったためだと感じます。僕自身も、父親が浮気相手と再婚する衝撃的な出来事もあって、生きる気力を一気に失っていきました。

 

それでも、母親は僕にムチ打って、学校へ通うように仕向けられました。高校の進路相談では、大学ではなく専門学校の方が向いているとのことで簿記やパソコンの資格を取得するための専門学校に進学することを勧められました。

 

僕は、大学に行く気力はありませんでしたが、専門的な資格が取れる学校ならいいかと感じて、専門学校に通うことになりました。両親が描いていた、子どもが大学へ入学して社会人になるという順序ではなくなりましたが、全経1級、日商簿記も2級まで取得して、それなりの資格を取得できたので、よかったのではないかと感じています。

僕の中で、高校を中退して起業とか、専門学校を中退して起業とか、そういう発想はまったくありませんでした。むしろ、起業すること自体、考えれたことがありませんでした。

 

両親からは、会社で働くことしか教えられませんでした。高校や専門学校でも就職することを推奨するだけで起業するようにと指導もされませんでした。堀江貴文さんのような起業するという考え方、環境がなかったので、今もなお起業していません。

 

母親が気に入った分譲マンションを住宅ローンで借り入れて、半年後に正社員を退職してしまって、無職、派遣社員、アルバイトを繰り返すようになって、収入が一気に不安定になりました。会社が休みの日に副業をしていた頃もありましたが、銀行カードローン、クレジットカードで毎月の借り入れを繰り返して、利息がどんどん増えて、一気に借金地獄に転落しました。

 

アルバイトから正社員に転職が成功したものの、正社員で働いている最中に、うつ病と診断されてしまい、失業してしまい、のちに借金が返済できなくなり、滞納してしまいました。そして、数ヶ月後に自己破産となりました。うつ病と自己破産を抱えていて、起業を考えているどころではない人生になりました。

 

もしも、学生時代に起業する選択肢が与えられていたり、起業することの情報があったら、また違った人生が歩めていたかもしれないと感じました。

結婚はした方がいいと思い込んでいた

「結婚制度」のウソ

 

結婚は楽しい人生を邪魔する障害でしかない

 

ライフスタイルが変われば人生観や価値観も変わる

 

結婚は人生最大の不良債権---。そう言い放った人がいる。家族・親族とのしがらみ、マイホームや車のローンといった不良債権を「損切り」できたとき、人はどれほど自由になれることか。
かく言う僕も、実は若いときに一度の結婚歴があり、子どももいる。結婚生活はうまくいかず、妻とは離婚して子どもはその後一度も会っていない(もちろん親としての責任を取り、養育費はちゃんと支払っている。)
20代、30代と年を重ねるにつれて、「結婚しないの?」といちいち質問してくる奴に遭遇する機会もそれなりに増えるが、あまりにもウザい。LGBTの人だっているのだし、人にはそれぞれの事情というものがある。結婚を人生のデフォルトと決めつけるのはどうかしている。

 

中略

 

極論を言えば、結婚は楽しい人生を邪魔する障害でしかないとすら思う。子どもが成人するまでの20年間、かいがいしく世話を焼き、多額の養育費や教育費を引き受ける。パートナーの実家に定期的に帰省して、神経をすり減らしながら義父母のご機嫌取りなんかをしてみせる。親が高齢化したら面倒をみなければならないし、葬式や墓の問題だってある。
こんな大変な思いをしてまで家庭をもちたいとは、まったく思わない。駄々をこねて泣き叫ぶ子どもを毎日のようにどなり散らしている親がいるが、あんな地獄絵図は願い下げだ。僕にとっては、「友だちの子ども」くらいの距離感がちょうどいい。たまに会う程度なので、思いきり優しくしてあげられる。どうしても子どもが欲しくなったら、里親制度に登録して身寄りのない子どもを引き取るという選択肢だってある。
「結婚する人が減れば少子化が進む」という指摘もおよそ的外れだ。結婚しようがしまいが、子どもは生まれてくるものだ。子育て世帯へのインセンティブを官民挙げて強化し、生まれた子どもに対する扶養義務をきちんと法制化すれば、少子化に歯止めをかけることは可能だ。
そもそも結婚(一夫一妻)制度とは、産業の主体が農業だった時代につくられたものだ。

 

中略

 

農業人口が少なくなった現代に、このような結婚制度はまったくそぐわない。社会的にはとうに不要になった制度が、惰性で残っているだけなのだ。
あるとき「結婚するより家事代行サービスを頼んだほうが、コスパがいいですよね」と、なれなれしく話しかけてくる奴がいて、さすがの僕も驚いてしまった。そいつは男だったが、「結婚=家政婦を雇うこと」くらいにしか思っていないのなら、その主張は間違っていないだろう。「家事=奥さんにやらせておけばいいもの」という、悪気のないマッチョイズムが、日本社会ではいまだにはぼこっているのかもしれない。

スポンサーリンク

 

引用元:堀江 貴文. 疑う力. 「常識」の99%はウソである. 宝島社, 2019, 222P

 

僕は、結婚前提でのお付き合いの仲介を受けたことは、過去に三回ほどありました。それ以外に、会社の後輩から「私と結婚してください」って言われたことがありました。結婚を意識していなかったので、オドオドしながら、「それはちょっと・・・、いきなり・・・、ちょっとそれは・・・、」と、男らしくない断り方をしてしまった苦い思い出があります。

 

今のところ、僕の中では、生涯、結婚をしないと決めている理由があります。それは、僕が小学生の時に「両親が離婚したから」です。父親から十分な愛情や生き方を学ぶ受け継ぐことができず、不完全な人間だと感じているからです。

 

また、「結婚しても、両親と同じように離婚してしまう可能性が高い」と感じています。また、子どもができたとしても、子どもが満足に生きる事ができないと感じます。

 

僕は、うつ病、自己破産中で、信用情報が真っ黒で社会的信用もありません。しかも、小学生の時に両親が離婚しているので、男の視点で子どもの育て方が身についていないこともあり、僕は結婚に向いていない人間になってしまったと感じています。

 

結婚をするように勧めてこられた方々や仲介を買って出てくれた方々には、ここまで説明したことはありませんでした。僕の中ではこのような考え方があるので、どうしても結婚には踏み切れないです。

 

堀江貴文さんが「結婚は楽しい人生を邪魔する障害でしかない」「結婚は人生最大の不良債権」「結婚は楽しい人生を邪魔する障害でしかない」「子どもが成人するまでの20年間、かいがいしく世話を焼き、多額の養育費や教育費を引き受ける。パートナーの実家に定期的に帰省して、神経をすり減らしながら義父母のご機嫌取りなんかをしてみせる。親が高齢化したら面倒をみなければならないし、葬式や墓の問題だってある。」「駄々をこねて泣き叫ぶ子どもを毎日のようにどなり散らしている親がいるが、あんな地獄絵図は願い下げだ。」「「結婚する人が減れば少子化が進む」という指摘もおよそ的外れだ。結婚しようがしまい」「そもそも結婚(一夫一妻)制度とは、産業の主体が農業だった時代につくられたものだ。」こういった堀江貴文さんが「結婚制度」のウソについて、書いてくれているのを読んで、結婚に対する妙なプレッシャーのような考え方が少し溶けてきたので、少し気が楽になれました。

 

僕個人的には、本当は結婚はしたいですし、子どもも授かりたいです。たとえ、行動が制限されてしまっても、僕自身はパートナーや子どもに尽くしたいですし、仕事もしたいですし(今後、借金してまで、何かをするつもりは毛頭ありませんし)人とのつながり、安心感を得たいです。

 

僕の両親は小学生時代に離婚してしまって、子どもに不憫な思いをさせてしまった、そのような父親の悲しい、苦しい気持ちを癒すが如くに自分自身が、子どもが成人になるまで、パートナーと子どもと共に生きていきたいと感じています。

 

けど、今の僕の現世では結婚はしません。パートナーも子どもも不幸になってしまうように感じますし、それが怖いからです。次の来世で再び人間になったら、なれたら・・・。何万年後とか、わかりませんが・・・、って今はそのように感じています。

人の親になってこそ、一人前と思い込んでいた

「親になって一人前」のウソ

 

子どもを生まない自由、子どもを育てない自由があってもいい

 

元妻とは子育てに関する考え方が決定的に違っていた

 

僕は子どもが嫌いなわけじゃない。というか、僕には離婚歴があって息子が一人いる。デキちゃった婚だったのだが、結婚生活はどうにも僕にはなじまなかった。東大在学中に起業してからというもの、僕は社長業をこなしながら朝から晩まで無我夢中で働いていた。
仕事に没頭することが自分のミッションだと思っていたので、家庭中心の生活とは縁遠かったのだ。

 

中略

 

一時期、土日だけは仕事をまるっと休んで育児に集中したこともある。子どもを風呂に入れたり、献身的にオムツを替えるのは重労働だった。子どもは愛くるしいが、知能は未発達なので、スムーズにコミュニケーションをとるのは難しい。どちらかというと「一人の人間」というより、「動物」に近い感覚だった。子どもと対等なコミュニケーションがとれるようになれば、「子育て」にも全然違った面白さがあるのかもしれない。しかし、子育てに関する考え方が決定的に違っていたこともあって、子どもが2歳になる前に妻とは離婚した。
子どもを生み育てることを、手放しで礼賛する風潮はおかしい。一人暮らしをしている人や、子どもがいないカップルを、社会的欠損のようにみなすバカもいる。
そもそも、子どもを盲目的に「社会の宝」だと信じて疑わない人たちはおかしい。
人々に迷惑ばかりかけるヤバい大人が、世の中には掃いて捨てるほどいるけれど、彼らも、もともとは子どもだったわけだ。クソガキがそのまま大きくなったような大人を見ていると、子どもは資産どことか負債なんじゃないかとすら思う。
あの手この手で「子ども最高」「子育て最高」の価値観を押しつけるのは、やめてほしい。授乳期の母親はよくマタニティブルーになるし、24時間態勢で子どもの面倒をみなければ、ならない。睡眠時間を削り、仕事や趣味に割く時間なんてまったくないなか、それでも子どもを生み育てることが「人間の責務」だとは、僕は思わない。子どもを生まない自由、子どもを育てない自由があってもいいんじゃないだろうか。

 

引用元:堀江 貴文. 疑う力. 「常識」の99%はウソである. 宝島社, 2019, 222P

 

隣のアパートの母親や父親と子どもたちと何度かすれ違ったことはありますが、母親はギャル系、父親はパリピ系です。子どもたちは、思いっきり普通です。

 

子どもたちの対応ですが、奴隷とか厄介者のような感じで、対応しているのが、よく壁越しに聞こえてきます。ボロアパートなので、壁が薄くて、声が聞こえやすいのです。

 

以前、僕のテレビの音量が大きくて、壁越しに苦情を言われたことがありました。それくら薄いのです。

 

 

 

ギャル系の母親とパリピ系の父親は、そろいもそろって、子どもたちに、「早く入れって言っているだろ!」「さっさとしろよ!」「静かにしろ!」「泣くな!」「うざいな!」「頭悪いな!」とか、いいながら、換気扇からタバコの煙が僕のリビングに入ってきます・・・。

 

 

夜になったら、週に1~2回ほど、夫婦の営みの声まで聞えてきて、僕から見たら、非常に恐ろしい状況になっているのではないかと感じます。子どもたちは、両親に注意されまくって、静かに過ごしている様子です。あまり、騒ぐことはありません。

 

両親は壁が薄いから隣近所の気を使って注意しているのかも知れません。もしくは、本気で子どもたちの存在がストレスだから当り散らしているのかもしれません。それは、どのような心境で子供たちを育てているのかわかりません。

 

堀江貴文さんが書かれた通り、「「親になって一人前」のウソ」と言うのを読んで、隣のアパートの夫婦を真っ先に思い出しました。ただ、僕自身も子どもは好きでも子どもとのコミュニケーションの取り方がわかりません。結婚もしたこともありませんから、女性とのコミュニケーションの取り方もわかりません。

 

僕は、隣のアパートの夫婦よりも劣る人間なのではないかと感じました。実際に、うつ病になって、失業してしまい、精神内科に通院を数年続けていますし、障害者手帳を持っていますし、自己破産中ですし、信用情報が真っ黒ですし、社会的信用が失墜していますし・・・。

 

かと言って、隣のアパートの夫婦は、子育てに多少の問題を感じつつも、なんだかんだ言っても、子どもたちにご飯を食べさせて、それなりに育てられているので、僕より社会貢献されているようにも感じます。

 

ただ、堀江貴文さんは、「人々に迷惑ばかりかけるヤバい大人が、世の中には掃いて捨てるほどいるけれど、彼らも、もともとは子どもだったわけだ。クソガキがそのまま大きくなったような大人を見ていると、子どもは資産どことか負債なんじゃないかとすら思う。」を読んで、隣のアパートの夫婦は、しゃべり口調が悪くて、恰好もちょっと、、、みたいな感じで素行はよろしくない感じなので、隣のアパートの子どもたちが「クソガキがそのまま大きくなったような大人を見ていると、子どもは資産どことか負債なんじゃないかとすら思う。」になってしまわないように祈るばかりです。

スポンサーリンク

関連情報

コメントを書く

ニックネーム可です 

URL (空白可です)

コメントを入力してください。

人気の投稿
カテゴリー
運営者

僕は、借金の体験談を書いている、大福天喜と申します。

借金総額 約1,400万円

滞納内訳
住宅ローン借り入れ残高 約700万円
銀行カードローン借り入れ残高 約300万円
クレジットカード借り入れ残高 約300万円
管理費等滞納 約50万円
税金滞納額 約90万円(分納)

運営者情報の詳細