不食

人の意見を否定しないストレスのない生き方を知りたくて読んでみた1冊


否定しない生き方と、書かれてもピンとこないでしょう。僕も、ピンと来ていません。「不食という生き方」の本を読んでいて、「否定しなくてもいい」と言う題目に興味を持ってしまったからです。

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不食と否定しない生き方がどのような関係になるのか、わかりませんが、せっかくのいい機会なので、書いていきます。

相手のよい点をほめることが否定をかき消すこと?

短所が気になっても、まず長所に注目する

 

何かと否定したがる人は、相手の短所を探す傾向が強い人です。人間ですから、誰にでも短所はあります。だから気になるのはしかたがないとしても、注意したいのは「相手の短所探しに熱中する」こと。
相手を裁こうとするあまりに、その人の気になる点を探し始めると、いつの間にか責める口調へと変わります。そんな人の周囲には、同じように誰かを責めたがる人しか集まりません。
どうしても気になるなら「こういう点には気をつけて」と話した後で、相手のよい点を褒めること。人間の脳は、場面の最後の言葉や態度を記憶します。それにどんな人にも必ず「おっ、いいね」と思う点があるのを忘れないこと。
すべての人に、でこぼこがあります。
でこぼこは、その人らしさです。

 

引用元:秋山 佳胤. 不食という生き方. 幻冬舎, 2016, 172P

 

僕は相手を褒めるのが非常に苦手です。どうしても、相手の欠点の粗探しをしてしまいます。そして、本人には、直接言わずに、相手を心で責めたり、何かの拍子の時に、誰かに言ってしまう根暗な人間です。

 

秋山佳胤さんは、「すべての人に、でこぼこがあります。でこぼこは、その人らしさです。」と書かれています、でこぼこが個性であって、欠点も個性の一つだと考えると、自分が気に入らないからと、相手を責めるのは筋違いだったと今さらになって、人の見かたを変えていこうと思えるようになりました。

 

人は簡単に変わらないですが、変わるためには、繰り返し、認識したり、行動したりして、少しずつ、相手の欠点の粗探しを止めるようにして、秋山佳胤さんが書かれている「相手のよい点を褒めること。」に注力できる人間になりたいと感じました。人を否定せずに、人を受け入れれる人間になることが幸せに生きるための秘訣の一つであるように感じました。

他人ごとであることに気づくことが否定をかき消すこと?

悩みは「他人ごと」という姿勢で聞く

 

前略

 

お悩み相談を受けて疲れる方も多いと思いますが、それは「自分ごと」にしてしまうから。その人の悩みは最後まで、「他人ごと」です。
決して突き放しているのではなく、私たちがこの世に生を享けて死ぬまで、良くも悪くも、自分と他者は「他の人=別の存在」であり、他人同士が片寄せ合って作っているのが社会だからです。
他人の悩みだったのに、それを自分の悩みにして考え込んでしまうから、ため込めれたストレスのリリース(解放)のしかたがわからず、いつの間にか本当に自分の悩みとして根づいてしまうのです。

 

引用元:秋山 佳胤. 不食という生き方. 幻冬舎, 2016, 172P

 

友だちや知り合いの悩み事を聞けば、聞くほど、こうしたほうがいい! ああしたほうがいい! と、ついつい、自分の体験から、モノを言ってしまうクセがあります。そして、最終的に、相手は元気をなくしてしまいます。

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相手は、悩みをただ、聞いてほしい、発散したいから話しているのに、それに対して、否定したり、意見したり、間違っていると言ってしまう自分だと読んでいて反省させられました。「自分ごと」ではなく、「他の人=別の存在」として、「他人同士が片寄せ合って」いけるように悩みを聞けるようにしたいと感じました。

 

悩みに対して、意見したり、否定したり、間違いを指摘すると気分がよくなりますが、相手は気分が悪くなってしまうのですね。

 

逆に立場になったら、よくわかります。あくまで、自分の悩みごととして、否定するのではなく、他人の悩みに寄り添える聞き方ができるように、他人に配所できる人間になれるように努力が必要な自分だと感じさせられました。

すべてを肯定することが、否定をかき消すこと?

過去の自分を認めると楽になる

 

過去を否定したがる人も多いと思います。
あのときの私はどうかしていた、おかしかったのだと、笑ってそう否定するのも一つの決着法ですが、それは哀愁にひたっている状態です。そんなメランコリックな状態では「認めたくな自分」への執着が、いつまでも消えません。結局はストレスがたまる一方です。
ではなぜ執着するのかと言えば、納得できない過去を認めてしまうと、まるで自分が終わってしまうかのような気になるからです。

 

中略

 

生まれてから現在までの自分を、すべて肯定してみてください。
すると、フッと楽になります。
あんなバカな自分も、こんな悲しい自分も、全部「かわいい自分」なんだと初めてわかります。全部、ありのままでピュアな自分であり、そんな自分がいたからこそ、貴重な人生経験ができるのです。経験に損得はありません。

 

引用元:秋山 佳胤. 不食という生き方. 幻冬舎, 2016, 172P

 

僕は、過去の自分を徹底的に否定し続けています。まず、両親に離婚されてから、浮気相手と結婚した父親、同居している母親を責め続けてしまっています。

 

両親がメチャクチャだから、僕の人生が狂ったんだって、両親に僕の人生の責任を心の中で押し付け続けています。だから、ストレスです。毎日ストレスです。生きていてストレスです。何をしていてもストレスです。ストレスの原因は、両親の離婚されたことが許せなかった・・・。

 

寂しい自分を紛らわすために、父親、母親を責め続けているのかも知れません。許したいです。許して、すべて楽になりたいです。解放したいです。でも、僕の心がなかなか納得してくれません。

 

秋山佳胤さんは、「生まれてから現在までの自分を、すべて肯定してみてください。すると、フッと楽になります。」楽になれる方法がこんなにも、シンプルな方法だったとは、初めて知りました。父親が出ていった事を否定してきました。母親の存在を否定してきました。だから、秋山佳胤さんが書かれている「「認めたくな自分」への執着が、いつまでも消えません。

 

結局はストレスがたまる一方です。」に自分自身の人生が否定の人生に陥っているように感じました。父親も母親も生まれてから現在まで、すべて肯定してしまって、楽になって、使命を感じながら人生を歩めるように自分を変えていきたいです。

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プロフィール

大福天喜

慢性的な借金体質です。1000万円以上の借金を背負い続けて、うつ病と診断されてしまいました。40代で自己破産してしまった体験談ブログを書いています。

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