毒親

「毒親」の正体 精神科医の診察室からの子どもを振り回すを読んでみた


僕にとっては、無視できない存在です。母親と二人で同居してきて40代まで一緒に同居してきました。その間、僕の人生は母親に徹底的に支配されてきました。

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僕の行動すべてを否定されたり、僕のプライベートルームを勝手に侵入してきたり、住まいの共有スペースを独占されたり・・・。僕が住宅ローンを組んで僕名義の持ち家なのに、僕は子どもだから、だと言う理由で親がえらいみたいな感じで対応され続けられてきました。

 

現在は、お互いに一人暮らしをしています。僕は、母親から掃除、料理、洗濯の仕方、何一つ教わっていません。勉強も教養も教わっていません。ただ、僕はお金を会社から運んでくるATMみたいな存在のように扱われた気分です。

 

僕が購入したテレビ、オーディオなど、すべて母親が持っていきました。僕は、自分の衣類や私物だけを持って一人暮らしを始めたのでした。

 

水島広子さんの「毒親」の正体 精神科医からの診察室の本は、以前も読んだことがありました。あれから、数年、経過しているので、もう一度、手に取って、僕にとって、母親は毒親だったのか・・・?いろいろ考えながら、書いていきます。

毒親は子どもに対して徹底的に理不尽

第一章「毒親」は子どもを振り回す

 

前略

 

しかし、精神科医として言うと、児童虐待防止法の通報対象にならないような親のなかにも「毒親」はいます。子どもに衣食住と教育をちゃんと与え、いわゆる「きちんとした子育て」はしているのだけれど、子どもによからぬ影響を及ぼしている。そういう「毒親」も相当数いるのです。
だからと言って、時々余裕がなくなり子どもに対して声を荒げたり、批判的な言葉を投げかけたり、場合によっては手を上げたり、という親が全部「毒親」というわけでもありません(私自身は体罰には絶対に反対の立場ですし、自分の子どもたちに対しても行ったことは一度もありませんが)。そういう親のすべてを「毒親」と呼んでいたら、子育ては途方もない完璧主義に陥ってしまうでしょう。

 

引用元:水島 広子. 「毒親」の正体 ――精神科医の診察室から. 新潮社, 2018, 192P

 

 

母親から虐待とか、暴力を振るわれたことは一度もありません。ただ、精神的に支配され続けてきただけです。

 

僕の部屋のドアを閉めることは許されませんでした。閉めていたら、必ず開けて様子を見てきます。

 

母親に

 

「なぜ、僕の部屋のドアを勝手に開けるの?」

 

と聞くと、

 

母親は

 

「うっとうしいでしょ!」

 

と、言う理不尽な理由をぶつけてくるのです。僕のプライバシーはありません。母親は勝手に部屋に入ってきて、文句を言われたり、僕の布団の上にのって、勝手に寝てしまったり・・・。

 

逆に、僕は母親の部屋に入ると、

 

母親は

 

「人の部屋に勝手に入ってきて、何しにきたの!?」

 

とすごく怒ってきます。僕は、用事があったから、入っただけなのに、母親に説明すると、

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「部屋に入るなら、言ってちょうだい」

 

みたいな感じで理不尽な対応です。

 

僕の部屋は勝手に入ってきて、母親の部屋に僕が入ったら、母親に怒られる・・・。ちょっとしたことですが、こういったことが部屋以外にもたくさんあって、実に住み心地が悪かったです。父親が浮気相手と再婚する為に離婚して出ていってしまった事も何となく納得してしまいました。

毒を中和する父親は不在になり、毒である母親と過ごし続けた・・・

「一人っ子」はきつい

 

「毒親」の問題は、その親子関係がどれほどの「閉鎖空間」で繰り広げられるか、ということも関係します。最も閉鎖された空間は、「「毒親」だけの片親家庭」でしょう。あるいは、片親でなくても、「毒親」が全てを仕切っているような場合です。一挙手一投足が「正義」のように感じられるので、配偶者も子どもも無力化されて従うだけというケースです。配偶者はただ無力化されているだけでなく、子どもに頼っている場合も多いものです。例えば、父親から母親への暴力を防ごうとして、子どもが父親の機嫌をとり、さらに子どもは母親を気遣う、という例は少なくありません。
祖父母の同居のない、あるいは、第三者との関わりが少ない、「開かれていない」家庭の場合にも顕著なものになるでしょう(もちろん「毒親父母」もいて、祖父母がさらに事態を悪化させることもありますが)。
それは、両親対子ども一人、あるいは親一人に子ども一人という家族構成が最も「親の言うことが絶対正しい」という雰囲気を生むからです。立場的、年齢的な差が大きいゆえに、子どももそれを信じてしまいます。そこで親がどんなに理不尽な振る舞いをしても、子どもはそれを「当然のこと」として受け入れなければなりません。

 

中略

 

「毒親」の影響が特にきつく表れるのは一人っ子だと思います。また一人っ子でなくても、きょうだいの年が大きく離れている。きょうだい間で扱われ方にあからさまな差別がある、という場合には似た状況になります。
「経済的困窮」も、大きな因子です。虐待も、経済レベルとかなりの関係があると言われています。経済的困窮は、人をそれだけ不安に陥らせ、心の余裕をなくさせるものです。そのことによって「毒親」の害が大きくなる、ということも十分考えられます。

 

引用元:水島 広子. 「毒親」の正体 ――精神科医の診察室から. 新潮社, 2018, 192P

 

 

僕は、「一人っ子」です。水島広子さんが書かれている通りです。「「毒親」の影響が特にきつく表れるのは一人っ子だと思います。」また、経済的困窮だったので、水島広子さんが書かれている通り「経済的困窮は、人をそれだけ不安に陥らせ、心の余裕をなくさせるものです。そのことによって「毒親」の害が大きくなる、ということも十分考えられます。」と、このような状況が起こってしまって当然なのだと感じました。

 

ただ、こういう条件がそろうから毒親になるのではなく、もともと僕の母親は毒親の性質を持って生まれてきた、もしくは、そういった環境で育ってきたから、毒親になったように感じます。

 

一人っ子なので、父親が不在の負担が全部、僕に回ってきます。本来、父親が母親の壁になるべき場面でも、父親が不在であるために、壁がなく、まともに毒親の攻撃を食らってしまうような状態でした。

 

僕は、何度も、父親が出ていった事を悲しみましたし、深く傷つきました。今も変わりません。父親が帰ってきてほしい、父親と会話したい、父親に守ってほしい、など、父親に対する欲求不満が今も消化不良のまま積もり積もってしまっています。

 

僕は、もう結婚もできないですし、人の親になる自信はまったくありません。両親が離婚した家庭で育ってしまったからです。また、僕自身にお金もありませんので、子どもを子どもが満足な環境で育てることはできないでしょう。そういった意味で、僕は一生独身で、一人で静かに余生を過ごして生涯を終えようと考えています。いつも、このように考えてしまうと、涙が出てきてしまい、心は泣いてしまいますが、現実的な問題、仕方ないよ・・・と、いつも自分に悲しい運命を言い聞かせています。

母親が毒親だと知ったのは、うつ病になってから・・・

子どもには「うちは普通」

 

子どもは、外の世界に広く触れるようになるまで、自分の家庭が普通だと思っています。それがどんなに異常なものであって、です。子どもはとにかく親を愛し、親を守ろうとします。その親が「毒親」であろうと、それは変わらないのです。それがどれほど非常識かということには、子どもの目はなかなか向きません。とにかく家を守らなければ、親を守らなければ、という意識が強く働くのです。
「せめてきょうだいがいればよかった」
「家族以外の第三者が家に入り込むような環境であればよかった」
「毒親」の害を受けた人の話を聴く度に私が思うのはそういうことです。もしそうした要素があれば、理不尽な「その家庭のルール」(多くは親の精神状態によるもので、子どもにはルールが見えません。ルールがあれば、よほどましなのです)に振り回される度合いは小さくなったでしょう。

 

引用元:水島 広子. 「毒親」の正体 ――精神科医の診察室から. 新潮社, 2018, 192P

 

 

親子共依存になってしまい、僕は母親を母親として愛して、母親を守ろうとしてきました。水島広子さんが書かれている通り「。それがどれほど非常識かということには、子どもの目はなかなか向きません。とにかく家を守らなければ、親を守らなければ、という意識が強く働くのです。」です。

家庭が経済的困窮な状況だったので、住宅ローンの支払をするために、銀行カードローン、クレジットカードを繰り返し使ってきて、母親からの援助は一切ありませんでした。それでも、母親を守りたいと言う意識に従ってきた結果、数年後に、正社員で働いていている最中に、うつ病になってしまい、働けなくなりました。そして、借金が滞納するようになってしまい、持ち家を手放さざるを得なくなりました。

 

挙句の果てに、僕は自己破産しました。今まで母親と同居してきたので、一人暮らしした経験はありません。健常者ではなく、うつ病、自己破産を抱えながら、人生初の一人暮らしを始めました。とてもネガティブな理由からの一人暮らしがスタートしたのでした。

 

僕は、うつ病になって、働けなくなってから、図書館で本を読んでいて、「毒親」であったこと、親子共依存状態であったこと、アダルトチルドレンであったことを知りました。気づいた時には、もう手遅れでした・・・。

 

自己破産してしまい、社会的信用が真っ黒になってしまい、障害者手帳を持つようになってしまい、うつ病の薬を朝、昼、夜と飲むような生活を送るようになりました。母親は相変わらずです。僕だけがうつ病になり、自己破産することになりました。自己破産は母親は関係ありません。母親はうつ病は関係ありません。

 

父親がいてくれたら、こんなことにならなかったのに・・・。と、いつも、父親がいてくれたら・・・ってついつい、甘えてしまう自分が自分の中で住み続けています。「毒親」と一緒に過ごしてしまうと、人生を好転させるのは非常に困難を極めるものだと感じました。

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プロフィール

大福天喜

慢性的な借金体質です。1000万円以上の借金を背負い続けて、うつ病と診断されてしまいました。40代で自己破産してしまった体験談ブログを書いています。

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