不食

不食という生き方の本から、こだわらなくてもいいことについて学んだこと


不食と関係ない見出しになります。僕の中で非常に興味深く書かれていた箇所なので、共有したい意味を込めて感想を交えて書きたいと感じました。

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「力任せに動くと返り討ちに遭う」「男女の垣根を超えると豊かになる」「家族には、思うほど深いつながりはない」こういった見出しがまさか、不食という生き方の本から学べるとは想像もしていませんでした。

 

僕自身が、うつ病で、自己破産で、一人暮らしで、食欲不振になってしまったことをきっかけに不食することでも生きていけるなら、食べなくてもいいならと・・・図書館で借りた本です。

 

しかし、食べる、食べないの概念を超えた世界を「不食という生き方 秋山 佳胤」さんは残してくれました。

仕返しされるのが怖いならケンカを売らないこと、買わないことが一番

力任せに動くと返り討ちに遭う

 

こだわりを捨てることで、視野が広がります。
ケンカ両成敗、おたがいさま、この言葉を心から理解できます。どうしてそこまで頭に来ていたのか、初めて気づく瞬間です。

 

 

 

攻めると同時に守る。
カウンターパンチを避ける。

ケンカは両成敗、落としどころを見つける

 

 

 

引用元:秋山 佳胤. 不食という生き方. 幻冬舎, 2016, 172P

 

僕は、基本的に他人とはケンカはしません。同居している母親とはよくケンカしました。結果的に負けます。最終的に無視されて、ご飯を作ってくれなくなったり、洗濯物をしてくれなくなったり、身の回りのことを一切しなくなるからです。

 

僕はいつも、母親とケンカをした後は、後味が悪くなってしまって、気分が悪くなってしまって、お互いにしゃべりません。3日くらいしゃべりません。ほとぼりが冷めるまで、お互いに心が開けれないと言う心の狭い親子です。

 

ケンカすると、仕返しされることを知っているからです。家族とのケンカより他人とのケンカの方がはるかに怖いです。あとで、どのような仕返しをされるかわからないからです。他人にケンカを売られたら、あっさり負けを認めます。

 

同居している母親はお互いにケンカの売り買いをしてしまいます。そして、いつも、結末はお互いに気分が悪くなるだけというつまらない時間を過ごしたと言う後悔以外残りません。僕にとってケンカは、しても仕方ないものと感じています。

男女の垣根を超えるのは簡単な人もいれば難しい人もいる

男女の垣根を超えると豊かになる

 

前略

 

男はこうあるべき、女はこうあるべき、そんな思い込みの垣根を超えると、今とは比べものにならないほど豊かな社会が生まれます。殺し合うこと、傷つけ合うこと、そういう行為はバカバカしいと本気で思えるようになります。
私たちの本質は、肉体的な性ではありません。
本質は魂であり、魂というエネルギー体は「たった一つ」です。

 

中略

 

ぜひ、次の事実を知ってください。
「誰の中にも、男性エネルギーと女性エネルギーが同居している」
究極の結婚とは、自分の中の「男女のエネルギー」がバランスよく手をつなぐこと。
肉体レベルの結婚を超越した魂レベルの融合こそ、究極の結婚です。
こだわりなど、もはや存在しません。

 

誰の中にも
男性エネルギーと
女性エネルギーが
同居している。

 

そもそも人間の魂はジェンダー・フリー

 

引用元:秋山 佳胤. 不食という生き方. 幻冬舎, 2016, 172P

 

人間は魂の入るための箱と言う認識です。時間と共に朽ちていくことは理解しています。ですから、僕の中で、やり残したことは借金です。借金を返すために、仕事を続けてきましたが、うつ病になってしまい、借金を滞納してしまうようになって、自己破産することになってしまいました。

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弁護士との面談を何度も行って、申立をして、どうなるか・・・?です。もし、借金が完全になくなったら、僕はもうやり残したことがなく、安心して死ねるような気がしています。借金に決着を付けれないと死ぬに死ねれないです。そんな年齢ではないかも知れませんが、僕は、借金の決着を付けることが今の僕にとって、使命の一つだと感じています。

 

この世に生まれた限り、マイナスで死ぬわけにはいかない。理想はプラスを残してから、今の意識を終了させたいと考えています。

 

話を元に戻しますが、僕は、女性が苦手です。女性と会話することも苦手です。近付くことも苦手です。女性が嫌いではなく苦手なのです。なんだか、自分の存在と見合わないと言うか女性の方が人間として魅力的に感じてしまうからかも知れません。

 

だから、いつまで経っても結婚も出来ないし、それ以前に、恋人いない歴20年以上なのかもしれません。。。女性が苦手と言うより女性が近付き難い人間になってしまっているのかも知れません。

うつ病、借金、自己破産、無職、ボロアパートで一人暮らし、どんな女性も近付きたいとは思えない環境や状況に身を置き生活しているので、どうしようもないと感じています。

家族は思った以上に、とてつもなく重たい関係だったと振り返る

家族には、思うほど深いつながりはない

 

家族や血縁にこだわる必要はありません。
私たちの本質が、元はたった一つの魂であることを理解できれば、この意味がすぐにわかると思います。
もちろん親から生まれる以上、その人物のDNAを受け継いでいることは否定しませんが、それは単に肉体的な性質の継承です。
肉体はこの世で暮らす上での便利な「鎧(道具)」であり、その材料を分けてもらったということです。
だから、ここが似ているとか、ここが似ていないとか、そういう比較なんてどうでもいいこと。血縁にこだわる気持ちは理解しますが、そのこだわりを超えたところに私たちの進化があります。
「近すぎても遠すぎても、いざこざが起きてしまう」
それが家族であり、家族という関係は、私たちがこの世で経験する「たくさんある学び」の一つです。

 

中略

 

親だから、子どもだからという上下関係も、魂レベルには存在しません。
大人以上の態度、対応がとれる子どもがいますが、何度も転生している古い魂が入っているわけでるから、別に不思議なことではありません。

 

中略

 

あなたのために生まれたわけじゃない、そんな子どもの叫びは正しいのです。
親の役目は見守ること。親という漢字は木の上立って見ると書きます。おたがいの学びを尊重しましょう。

 

 

依存しない。
拒絶しない。
適度に関わる。
それが家族の基本。

近すぎず、遠すぎず、おたがいの学びを尊重する

 

 

引用元:秋山 佳胤. 不食という生き方. 幻冬舎, 2016, 172P

 

小学生の時に両親が離婚しました。父親は浮気相手と離婚した翌年に再婚しました。

 

母親と二人での同居になってから機能不全家族になりました。親子共依存になりました。アダルトチルドレンになりました。

 

 

 

僕にとって、母親は毒親になりました。もう、母親の奴隷として生きてきました。母親が偉い。僕は下僕。そんな感じです。

 

母親に逆らうことが親不孝者、親の言うことが絶対だと、父親が不在になってから、徹底的に母親に僕は支配されて生きてきました。

 

 

僕が正社員時代にうつ病になっても、知らぬ顔。

借金を背負っても知らぬ顔。

自己破産をしても知らぬ顔。

親の責任は僕の責任。僕の責任は僕の責任。

 

 

そのような環境で生きてきました。僕にとっての両親は、近すぎて、遠すぎる、お互いの存在を尊重しないどうしようもない親子関係です。

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プロフィール

大福天喜

慢性的な借金体質です。1000万円以上の借金を背負い続けて、うつ病と診断されてしまいました。40代で自己破産してしまった体験談ブログを書いています。

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