毒親

親の住宅ローンを子が払うと言う理不尽な社会人生活を送ってきた


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幼少の頃、父親は持ち家を住宅ローンを借り入れて購入しました。5年後くらいに両親は離婚してしまいました。


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母親と二人暮らしになりました。父親は浮気相手の女性と再婚しました。父親名義の持ち家の住宅ローンは母親名義に変わりました。

社会人になってから、すぐに母親に給料の銀行口座、キャッシュカードを取り上げられた

社会人になってから、給料が振込される銀行口座とキャッシュカードを取り上げられました。そして、親の住宅ローンを子の給料で払うと言う理不尽なことを同意なしに勝手にされることになりました。

 

給料日になったら、母親から現金で5000円支給されるだけでした。そうした、社会人生活を送ってきました。

 

両親が離婚した代償がこちらに振りかかってきました。こちらからしたら、親の住宅ローンを子が払うなんて、ことはそもそもしなくていいですし、間違っていると、理不尽さに何度も母親に抗議をしましたが、母親はまったく銀行口座、キャッシュカードを返してくれませんでした。

5000円の使い道は死に金

月に5000円しかもらえなかったので、会社の人からの飲み会も断らざるを得ませんでした。5000円の使い道はタバコ代、たまに買う缶コーヒー代、菓子パン、お菓子に消えていきました。

 

貯金をすると言う考えに、まったく至りませんでした。ただ、ストレス解消のために、タバコ、缶コーヒー、菓子パン、お菓子に消えていった感じです。そうした死に金のようなお金の使い方を覚えてしまうようになりました。

 

いくら離婚したからといっても、子どもの給料を使って親名義になっている住宅ローンを親が勝手に子どもの給料を使いこむのは間違っていると、両親を憎むようになってしまいました。

 

そうした、歪んだ家庭で育ってしまったので、今もなお後遺症が残っています。うつ病、自己破産と言う後遺症として・・・。借金を負ってしまうようになりました。

財産の差し押さえ通知を受けて固定資産税を分納することに

親名義の持ち家から賃貸マンションに引っ越しすることになりました。賃貸マンションでも家賃を払わされましたが、親の住宅ローンを払わされえるよりマシでした。


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しかし、母親は賃貸マンションは嫌だと言いだして、分譲マンションを僕名義で住宅ローンを借り入れることになりました。その後、正社員を退職してしまって、無職になりました。

 

 

無職になってから正社員雇用が決まりませんでした。派遣社員、アルバイト、無職を繰り返すようになりました。固定資産税が支払えなくなってしまい、役所から財産差し押さえの通知が来るようになりました。

 

そして、役所と相談して固定資産税を分納することになりました。それでも、正社員時代の給料と比べて、無茶苦茶、年収が低くなってしまい、クレジットカードのリボ払い、銀行カードローンを利用するようになりました。

親の住宅ローンは子の同意なしに払ってはいけない

数年後、リボ払いの残債は利息によって大きく膨れ上がってしまいました。銀行カードローンも残債が大きくなっていました。その頃に正社員雇用が決まりました。

 

 

正社員で働いている最中に産業医から精神内科を受診するように指導されました。精神内科に通院するようになって、うつ病と診断されてしまいました。そして、会社と相談して休職期間を経たのち、退職することになりました。

 

その後、無職、無収入になってしまい、住宅ローン、クレジットカードのリボ払い、銀行カードローン、固定資産税の分納の借金が滞納するようになりました。

 

 

その後、自己破産してしまいました。

 

親の住宅ローンを子が払うと言う理不尽な社会人生活を続けた代償が、うつ病、自己破産という形で負うことになりました。会社で一生懸命働いてきたつもりでしたが、人生が破壊されてしまい、ダメになりました・・・。

 

 

今もなお、うつ病の精神状態で、苦しみ・・・。

自己破産で苦しみ・・・。

親の住宅ローンは子の同意なしに払ってはいけないと深く思わされました。

 


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プロフィール

大福天喜

慢性的な借金体質です。1000万円以上の借金を背負い続けて、うつ病と診断されてしまいました。40代で自己破産してしまった体験談ブログを書いています。

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